2008年10月21日 (火)

「限界集落」だけではない、「限界店舗」、「限界会社」も

限界集落という言葉は、大野晃 長野大学教授が、提唱した概念で、65歳以上の高齢者が自治体総人口の過半数を占める状態を「限界自治体」と名付け、「限界集落」は、この定義を集落単位に細分化したものである。

しかし、地方の中小企業を見ると、農業のような一次産業のように年齢構成が、60代後半から70代の方が主力の経営者や従業員である企業が結構多いことに気づく。

若い従業員が定着しない、業績の悪化で社員を増やせない等、さまざまな理由はあろうが、10年経つと、10才年を重ねることは間違いない。

「自分が元気な間だけでは、大丈夫だが、もし倒れたら、廃業だな。」
そのように元気に語る経営者の方もいる。

しかし、製造業のように、長年の熟練を要するような仕事などもある。
その技術が消滅するというのは、社会にとっても、大きな損失になることもあることを考えると、一社だけではない、社会全体の仕組みを考える必要があるのではないか。

65才以上の社員で構成されるような会社や店舗も実際に地方にはある。
生涯現役として、会社の第一線で、いつまでも戦うのは尊いが、いつかは、引退がくる。
会社も生き物である。日常業務と人材育成は、常に車軸の両輪である。

今だったら、間に合うと思う。
不謹慎かもしれないが、「限界店舗」、「限界会社」と名付けてはいいのではないかと思う。

少子高齢化は、受け継ぐ若い人がどんどん少なくなっていく社会だ。
1人1人が貴重な社会の人材だ。
だからこそ、若い方をどのように育てるか。また、励ますか。
が大変重要になってくると思う。
優れた組織は。その手をすでに打っている。

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2008年10月17日 (金)

秋の夕暮れに思うこと

さわやかな秋空の防府市内。
朝は寒くなってきましたが、みなさまの地域はいかがでしょうか。
私は土日も行事等でつまっていて、忙しい毎日です。
さて、我が家ではキンモクセイの花の香りが広がり、4本ある柿の木の実も大きくなりました。今年は台風が来なかったから、実の数も多いような気がします。
2008年10月7日撮影の柿の木です。
Keiji87502_2

我が家の周りの田の稲刈りもほぼ終わりました。稲刈りと言えば、私にとって印象深いのは、夕日です。農作業でようやく稲刈りが終わる頃には、いつも夕日でした。そこで、父と母が働いていました。 以前は、カマだけで刈っていました。腰には、ワラをいくつか差していて、ほどよい太さで結んでいました。

そして、バインダーが導入されました。自動で刈って束ねていくのを見て、子どもから見ても興味津々でした。それからコンバイン(以前は脱穀は脱穀機でした)へ。昭和40年代の約7年ぐらいの間に次々に進化しました。機械化されても、作業の最後は、どうしても夕日の中での作業となります。親戚もテゴ(「手伝い」の山口弁)で集まり、今思えば、大変な作業でした。

次の日から、稲を乾燥する作業です。父親が常に乾燥機のそばについていました。これも、以前は天日で干していましたね。私も幼稚園ぐらいの時ですが、庭中に稲が干してある光景は今でも忘れません。子どもは正直、大人のじゃまだったと思います。

また、夕日と言えば、お風呂です。五右衛門風呂で、夕方の母の仕事は、風呂をわかすことでした。手伝ったこともありますが、多くは母が焚いていました。高校時代、自転車で家に帰っていくと、夕日の中、我が家の小さな煙突から白い煙がのぼり、母が風呂を焚いているのが、わかりました。今振り返ると、本当に暖かな時間でした。当時は、どこの家もお風呂を焚いていました。

今の子どもたちには、わからないだろうなと思いますが、この気持ちだけは伝えていきたいと思います。

2008年10月13日の夕日の写真です。
Keiji87501a

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2008年9月 1日 (月)

映画「河童のクゥと夏休み」を見た

映画の「河童のクゥと夏休み」を盆休みにテレビで見た。

カッパと 亡き父のカッパとの交流や、人間との交流には、考えさせられるものがあった。また、いじめなどもリアルに描かれていて、感動した。
お勧めです。

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2008年8月13日 (水)

緊急地震速報

2008年8月8日12時57分に東京都多摩東部を震源とするM4.5の地震がありました。東京では、最大震度4だったそうです。
その地震発生と同時に、パソコンに以前インストールしていたウェザーニュースの緊急地震速報のツールが、「緊急地震速報です!」のアナウンスと共に、サイレンがなり、日本地図の画面がエクセルの画面の上に表示されました。
日本地図が表示され、震源の場所と地震の波がだんだん山口県に近づいている様子が、CGで描かれています。
その左上に、あと180秒後に震度1以下の地震が来るという表示があり、その秒数がカウントダウンしていきます。
予想震度1以下なので、体で感じない程度かもしれないと思いながらも、数字が、「3」「2」「1」「0」となった瞬間は、少し緊張しました。
実際、揺れは全く感じなかったです。

もしこれが、大きな地震で、時間数も数十秒であったらと考えると、すぐに動けるかどうかが心配ですが、緊急地震速報は有効なのかなと思いました。
とくに、地方の公共施設や学校や旅館等の人が集まっているところでは、有効ではないかと実感しました。

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2008年7月31日 (木)

挨拶

その1日が、充実したものになるか、そうでないかは、朝に決まると言われています。
早起きであることは、もちろん大切ですが、1日に何もすることがないのは、寂しいものです。生活の張り合いもありません。

地域のための活動も、毎日の活動が大切になってきます。
特に、小さな活動の積み重ねが、大きな力になる事が、
地域活動の特徴です。

その最たるものが、「挨拶」ではないでしょうか。
さわやかな笑顔での挨拶は、日々の積み重ねが
大きな地域の活力になっていきます。

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2008年5月29日 (木)

今年は、ホタルが多いようです

今晩もホタルが見ようかな。と思っています。
平和町や千日町の川でも、見られます。
Uターンせずに、あのまま都会で働いていたら、収入も低いと思いますが、毎日の基本的な生活に関しては、楽だと思います。
それは、最近、埼玉県から単身赴任で働いている方も言われていました。

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2008年5月28日 (水)

だんだんと、地域の主役が自分の世代に近づく

29才でUターンして、だんだんと自治会の役員も経験してきて、40代半ばとなった。
用水路の清掃や行事で長机やパイプ椅子を出したりするような、どちらからといえば、重労働の分野では、気がつくと主力メンバーになってきた。

まだまだ、恐れ多くも主力メンバーではないが、だんだんと自分たちの世代に近づいているのがわかる。そして、我々の世代の人数が、先輩の世代の人数よりも減っていることも、はっきりとわかる。そして、われわれより若い世代がもっと少なくなることも。

地区でも主力でがんばっている方が病気になったりすると、地域の事でわからないことも出てきている。

だんだん人数が減っている少子化の時代だからこそ、世代間のコミュニケーションが大切になっている。また、自分の世代より若い世代の育成が、一番重要になっていることを忘れてはいけない。その重要性を地方にいると、肌身で感じることができる。

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2008年1月 9日 (水)

老老介護の悲劇

介護の68歳長女が病死し、90歳母は衰弱死したという東京品川区のマンションの痛ましいニュースが報道された。新聞によると、母親は数年前に脳こうそくを患ってから、自力による歩行は困難で、長女の介護を受けていたが、長女が病死した後、母親も衰弱死したということだ。
孤独死、またこのような老老介護の悲劇は、これからも増えそうである。
自治会等による、地域の見回りは、独居老人だけでなく、このような方々にも、配慮する必要性を感じる。
さらに、実際の見回りも大変であり、見回る回数も限られるので、緊急通信装置を使用した見回りも必要であろう。この装置は、自治体の援助によって、独居老人のお宅に設置が進められているようではあるが、老老介護のお宅はもちろん、介護が必要なお宅にはぜひ必要だと思う。
ただし本来は、見回りとかではなく、自然なご近所づきあいの中で、このような悲劇を阻止できるような街づくりがほしいものだ。
「あのおばあちゃんお元気かな?最近お顔を見ないな?では、行ってみるか」
以前にはあった、このような街づくりはできないのだろうか。

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2007年11月28日 (水)

地域の長所を見つける

会社内でも、つきあいが長くなればなるほど、人の長所を見つけることは、難しい。欠点ばかり見えてくる。短所を言い合ってもしかたがない。その中で、長所を見つけてほめると、同じ人とは、思えないような活躍をする場合がある。

同じことが、地域でも、言えるのではないか。
同じ地域に長く住んでいると、どうしても、愚痴が先行して、欠点ばかりが見えてくる。欠点を追求してもそこからは、発展性がないことが多い。たまに、地域を訪れた講師が、とりたてて特徴のないところで、「ここはいいところですね。」と言われて、自分の地域の認識をあらたにすることも多い。

短所は、みんながわかっていることで、それを改めて指摘しても、改善策は、なかなか出てこない。
地域の長所を、言い合うような場が、必要ではないかと思う。できれば、誰も気づいていない長所を見つけることが大事となってくる。

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2007年5月18日 (金)

田舎に帰省したいが、泊まる場所がない

故郷を離れた方から、よく聞く話を今回は書きたいと思います。

進学等で故郷を離れた方が、そのまま都会で就職をし結婚をし、気がついたら、生活の拠点が他県になり、子供はその住民に、というケースは多い。

まだ、子供が小さく間は、故郷で暮らす両親も元気で、故郷へ帰省をするが、子供もある程度大きくなると、クラブ活動等で夏休みも忙しく、またパートナーである妻は自分の実家へ行ったり、家族そろっての帰省もなかなかできずに、ご自分だけ短期の帰省しかできないようになっていくようなこともよく聞く話である。

さらに、時が進むと、自分自身もある程度、会社でも責任ある地位にたち忙しく、休みの時間もとれなくなる。そこへ、高齢になって暮らしている両親は、だんだんと、自立した生活も難しくなってきて、施設へ入所したり、あるいは、病院で看護を受けることも、どうしても増えてくる。親が故郷で入院ともなると、遠距離の場合、本当に大変である。私も父が入院したときは、2ヶ月の間、東京の会社を休んだこともある。

さらに、時が過ぎると、残念ながら、故郷の家に住む人がいなくなることがある。そこで、自分が生まれた家ではあるが、整理し、不動産屋さんに売却した等の話も聞く。最近、それが増えてきた。駅近くを歩くと、30年前とほぼ同じ風景であるが、実は空き家が非常に多いと、山口市でも、新聞に掲載されていた。

自分の生家を自分で処分しなけばいけない。どんなに悲しい気持ちであろうか。両親のこと、さまざまな子供時代の想い出。でも、それをパートナーである妻も知らない。子供は、都会生まれの都会育ち。こちらの田舎で暮らすことなど、ない。近所の同窓生もいるが、一番お世話になった近所のおじさん、おばさんも、いない。

だからこそ、自分の故郷のサイトをつくり、そのような想いを共有できる場所を私はつくり、数多くの支援者の方に支えられて、10年以上運営をしてきている。

しかし、最近よく聞く話が、「帰省をしたいが、故郷に泊まる場所がない」という声である。たしかにホテルはあるが、自分の故郷に帰るのに、ホテルや旅館も、違うのではないかと思うそうである。

そこで、なにか、出身者が故郷に帰省したいときに、気軽に安く泊められて、ゆっくりと、自転車でも、懐かしい町並みを散策できるような施設があったらいいのではないかと、思うこのごろである。

サイトで思い出話をしても、実際に、故郷に帰省し、たとえ、町並みが変わっても、街の匂いや、風を感じることが、その方にとって、本当の勇気と元気を与えることができる。

また、懐かしい顔が少しでも長時間、故郷に帰ってくることが、町も活性化する。交流と対話が、町の活性化には一番だからだ。

グリーンツーリズムがいいのだろうか。テレビで、「田舎に泊まろう」という番組があるが、その自分の故郷版なのだろうか。など、さまざまな事を考えますが、みなさんは、どのように思われますか?

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2007年2月17日 (土)

時のテンポ

先週末、東京在住時の友達の家に行くために、広島市へ久しぶりに行った。
広島も高層マンションが増えて、街の様子は変わってきている。ナビで設定をして、来たが、家がわからずに、少し車を停めて確認をしたいが、傾斜地を開発した新興住宅地の狭い路地の中では、停めることもできない。すぐ、前後に車が来て、移動をしなくてはいけない。

ナビでは、DVDが古いために、その住所はなかったが、携帯GPSアプリでは、その住所が表示されて、無事にたどり着いた。

このような、道路事情を思うと、東京在住時の細々した世田谷などの道を思い出す。

田舎では、このようなこともない。新興住宅地はあるが、ナビでもわかりやすい住所や家々である。ラウンドマークもわかりやすい。田舎の方がナビに向いている土地なのかも知れないと、ふと思った。

ただ、難点は、道路で車の通行が可能な道路かどうかというところが、田んぼの中にある家や山中の道では気になるところだ。山中で、とんでもなく狭い道路で、いきなり大きな路線バスとすれ違うときは、本当にびっくりしますね。

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2006年10月21日 (土)

コミュニケーションFMからの情報

FMわっしょいという、コミュニケーションFMが地元にある。
http://www.fm-wassyoi.jp/

少ない人数ではあるが、全て番組を生で行っている、元気なFMである。

高齢者とコミュニケーションFMとのかかわりについて、いろいろと議論してみた。

そのなかで、、おもしろいと感じた情報を2つだけご紹介。

高齢者の方は、「生放送」がなかなか理解できない傾向があるというのだ。放送に出演しても、ご家族等と一緒に、ラジオを聞くと、放送されたと言うことを理解されるが、生で今流れているということを、理解するのは難しいようだ。

それと、もう一点。

畑仕事をしている時にラジオを聞きながら作業をするのは一般的であるが、最近は、高齢者もFMを聞くことが増えてきているそうだ。

とくに、団塊の世代が高齢になってくるとますますその傾向は顕著になるであろう。

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2006年10月18日 (水)

オール電化ではなく、風呂焚きがよい。

以前は、五右衛門風呂が多く、風呂の下のカマドに木々などを燃やして、風呂に入ったものだ。

だから、いつでも、温かいお湯に入れるというワケではない。食事を終えた家族は、順番に入らないといけない。そして、ぬるいときは、外のカマドの前の人に、燃やしてくれるように言わなければいけなかった。

親とどんなに、たとえけんかをしても、風呂にはいるのは順番。外と話をする必要もあった。

また、高校時代に、学校から帰宅すると、一生懸命、母がまきを燃やす(方言で「くべる」)姿を見て、親に感謝していた。

家族の絆を、オール電化のような便利さでないからこそ、一人一人の役割分担があり、そこに会話があり、お互いを尊重できた。

しかも、風呂というリラックスできる媒体を通してのコミュニケーションは、会話を弾ませる。風呂を焚く時も、燃える火を見つめていると、心が安まった。

便利さだけではなく、家族間のコミュニケーションが促進できるような環境をつくる新しいツールがほしいものだ。

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2006年10月13日 (金)

月例経済報告は、いざなき景気を超えたが、地方経済は今

10月12日、大田弘子経済財政担当相に関係閣僚会議に10月の月例経済報告を提出した。それによると基調判断は、「景気は回復している」と8カ月連続で据え置きがった。2002年2月から始る今回の景気拡大は、今まで戦後最長と言われている「いざなぎ景気」に並び、さらに延長するとの報道がされている。

しかし、地方における景気を、日本銀行下関支店の日銀短観10月2日発表で見てみる。以下、概要

「県内景気は回復を続けている。
すなわち、最終需要面では、輸出は欧米向け自動車が大幅に増加しているほか、化学製品も増加をみていることから、全体として高水準で推移している。
個人消費は持ち直している。設備投資は着実に増加している。この間、住宅投資はやや強めの動きを示している一方、公共投資は減少基調にある。
こうした最終需要動向の下、生産は高水準で推移している。雇用・所得面は改善の動きが続いている。
金融面では、預金、貸出とも横這い圏内で推移している。」とあるが、地方ではまだまだ厳しいのが現実である。

とくに、効率化により、営業所が山口県内になくなり、広島支店や北九州支店に一本化されたり、あるいは、マーケティングのエリアとして、山口県の中心部(岩国等の広島経済圏や下関市を含む北九州経済圏)を削除している大手メーカーもあるのが現状である。

実際、新卒大学生の社員としての県内での就職先が、なかなか見つからないとの相談をよく聞くようになった。清木の社員でなく、契約社員、あるいは、パート・アルバイトからまず入ってから数年のちに、社員へ登用等の話を、県内でも主要な中小企業でも多くなっている。

とくに、日銀下関支店の短観にもあったように、県内の中小企業の大きなスポンサーである、公共投資は合併も進み、減少基調にある。

県内の建設関連企業も、交通の便利がよい本社の敷地の一部や遊休地をショッピングセンターやテナント用にしたり、さまざまな生き残りを模索している。また、印刷関係企業が、広告代理店業を子会社として設置したり、広告代理店が、テレビ等の出校だけでなく、小さな印刷関係を積極的に受注したり、垣根がなくなってきている。

各種商店では、戦後60年とを超え、今まで経営をがんばってきた経営者が、高齢を理由に引退をし、後継者もなく、廃業している店舗が、県内で続出している。今までは、シャッター通りと言われるような、中心部の商店街も、店舗家屋が古くなり開催されて、更地や駐車場になり、以前、商店街であったことすら、わからないようになっていることも多い。また、高齢で寝たきりとなどで福祉施設で養生して、シャッター通り商店街の形はあるが、実際は、人も住んでいないゴーストタウンなみ、ということもあると聞く。

商業は、駐車場が広い郊外のショッピングセンターがあるが、そのテナントは、全国チェーンであり、5年ごと等に出店を見直したり、出店場所を街の動きに合わせて変更したりするように、地域に根付いていない。しかも、売上金は、パートさん等の給料以外は、県外の本店に集約されて、地元に金が落ちない。また、店のさまざまな広告物、店舗建設、仕入れ先は、効率化のため、本社での一括発注であるために、付属するさまざまな経済効果も、地元にない。

ある地元テレビ局の関係者と話をしたが、地元に営業は、わずか、3人とか2人しかいないとのこと。つまり、本社で一括で、CMも出校されているというわかで、地元からの出校がないというわけだ。

地方にとって、さまざまな悪循環が加速度的に進んでいる。それをどのように打ち破るかが、今、問われている。ITを駆使し、商圏を首都圏とする中小企業やベンチャー等でがんばっている企業も多い。

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2006年10月 3日 (火)

対話による現場からの発想

街づくりは、どうしても、面倒な調整作業が増えてくるものだ。また、無理解もあるかもしれない。

しかし、辛抱強く、対話を重ねていくしか、解決策もない。ぱっと理解が進むことはない。

理解が進むときは、補助金等の公的な大金があるという時ぐらいだ。そのときにこそ、冷静にしっかりとした議論ができるかどうかが大事だ。

地道な対話が常日頃から出ていれば、何をやってもうまくいくものだ。

対話をする。地道なことだが、その繰り返しの中に、未来がある。

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2006年9月29日 (金)

街づくりにおける、「まず補助金ありき」から、「補助金をうまく使う。」発想を!

観光地等では、さまざまな街の特色を活かし、観光客を呼び込み、流動人口を増やし、街の活性化へと向かっている。

しかし、温泉や観光地等を有する、本来特色のある地域であれば、可能であるが、通常の市町村では、その特色を何にするかから考えて、1から積み上げて行く必要性がある。

その中で、有志が集い、立ち上げていく中で、人力、資金等が問題となり、どうしても、行政や商工会議所等の諸団体との連携を模索しはじめていく。

行政は、国や県が提供するさまざまな補助金制度を調べ、適応した制度はないか考えていく。その時に、国等が紹介する全国の先進地は、大いに参考になる。

しかし、補助金等の制度には、さまざまな制度としての縛り(申請の資格、基準)がある。それをクリアするために、さまざまな知恵が必要となってくる。行政の担当者としては、街の「声の大きさ」、つまり、街の事業として取り組みべきかという優先順位と、補助金の縛りをクリアするための「労力」を考えながら、進行させていく。その補助金の縛りの中には、何分の一かの地元負担金が求められることもある。それを、議会にかけて、納得させることができるかどうかという点もある。

ここまで、至るまでかなりの苦労である。また、街全体を納得させることも必要になるために、実行委員会を設置し、有力者に会長等の責任者になってもらうこともある。さらには、利害関係も当然出てくることもある、たとえば、ある産業で特色を出そうと力を入れようとすると、逆に損になるような方も当然出ることもある。民間、あるいは産業界だけの「動き」であれば、このような、ことでは問題が出ることはないが、行政が動くとなると、地域に公平で平等感を出さないといけなくなる。

ここが、問題となる。地域の限りなく100%の人を満足させるには、その予算のうち、3割、あるいは5割近くを、「街の特色を出す」本来の活動以外のものに、使用する場合が生じる。
たとえば、200万円の予算でなんとかなるような街の特色を出す予算も、補助金を調べてみたら、1000万円以上の予算でないと申請ができないことがわかり、商工会議所やJAなど、各種団体を巻き込むことになり、のこり、800万円を他の団体が受けて、さまざまな関連する事業を行うこともある。
他の団体を巻き込んでいくのは、街づくりの運動の課程においては重要であるが、どうしても、先に予算ありきの議論となってしまい、また、市町村や大きな団体の利害関係がどうしても優先させられしまう。
また、忘れてはいけないのは、補助金は税金が出所であり、いい加減な使い方は絶対にできない。補助金適正化法、(適化法とよく略します)にも明記されています。
つまり、最初の2,3人が集まって、「これっておもしろいね」という、街づくりの原動力のような最初の炎は、そこには、見えなくなっていってしまう。
また、「100%の人がいい」ということは、すでに、テレビで紹介されたり、知っていることであり、「全国でここだけの特色」ではないことが多いです。地域のほとんどの人が、「意味がない」等、反対するような事の方が、「全国でここだけの特色」ではないでしょうか。

補助金は、その名の通り、補助するお金であるが、いつのまにやら、補助金のために、行うことになってしまっている。よくあるケースです。

だからこそ、最初の有志が話し合う段階で、しっかりと目的、方針を定めることが大事です。その中でのポイントは、「ゆずれる所」と「ゆずれない所」を明確化することです。
また、その街づくりの運動を拡大するのは大切ですが、その中で、各種の団体から聞く、補助金の話に安易に乗らないようにすることが大事です。
先進地の視察に行っても、なるべく、本音を聞くようにする。等も大切でしょう。

最後に、ここに書いているのは、補助金を否定してはいません。これは、間違えないでください。賢く、効果的に補助金を使用することが大事です。

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2006年9月27日 (水)

2020年の少子高齢化社会のために、今山口県でマーケティングを!

山口県では、今後、ますます高齢化が進む。
70才以上が9万人も増加する。39%の増加である。
しかしながら、働き盛りの20才から50才までも20万人も減少する。これは、25%現象である。
全国的に見ても、秋田県と同じように全国1の高齢社会となってくる。
つまり、全国のこれからの社会構造の先端が山口県なのだ。
これから、15年先を考えるときに、今の山口県のマーケティングは、重要な資料となるのではないだろうか。

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2006年9月26日 (火)

昭和30年代、昭和40年代を創った世代が、今は70代80代に

前回も書きましたが、高度成長期に、地元で地域で、がんばられた方々が、今、ご高齢になっている。我々40代が「懐かしいと思う時代」を創った方々の声を聞くのは、今しかない。
これから、少子化で全体の人数も減ってくる。その中で、どのようにして、地域の特色を出すのか、どのような生活の知恵があるのか、それを、地元出身者の具体的な例として、聞くことができるのは、今しかない。
核家族化が進み、家族内も、地域内でも、以前よりは、コミュニケーションが図れていないが、高齢者が元気な時に、しっかりと、次の世代への基盤を創って参りたい。

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2006年9月21日 (木)

昭和一桁生まれの方からの継承

昭和一桁生まれの方も70代となっている。

その方は、戦前、戦中、戦後の大変な中でのご苦労の経験でも、それぞれの地域の昔からの知恵等をお持ちである。

しかし、時代があまりにも急激に変化してきてはいるため、各地域の生活していくための知恵や貴重な経験が、重要視されず、そのまま消えていく可能性が高い。

でも、災害対策等、長年の経験は、役に立つことも多く。継承がされないと、そこで、またふりだしに戻ってしまう。

ここ、4,5年が非常に大事である。しかし、受ける我々の世代が非常に忙しいということは、確かにあるが、各地域で、工夫しどのような取り組みをするか、考え、実行する必要がある。

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2006年9月 7日 (木)

「正社員になれない」

景気後退の影響で、正社員になれないケースが目立って増えてきた。
求人は、アルバイトか契約社員である。正社員は、1991年前に入社した人が多いようで、課長、係長など役付は正社員だが、スタッフは契約社員やアルバイトという事が多いようだ。入社時には、将来正社員になる可能性があると言われていても、なかなかなれない。

これは、雇われた契約社員、アルバイトにとっては、年収がいつまでも少なく、満足に生活ができない。それが、30歳以上の年齢であっとしても、親と同一世帯で暮らす必要があることも。
また、正社員にとっても、正社員の人数が少ないので、残業が多くなり、さらには、自分のスタッフがいつやめてもおかしくないというような、不安定な日々の中、仕事を進行しなければいけない。正社員にとっても、契約社員やアルバイトにとっても、つらい話である。
地方の中小企業ではとくに、この傾向が顕著であるようだ。
賃金基準は、地方では首都圏に比べると低いうえに、なおさらである。

さまざまな会社組織も、明日のために、必死に生き残りのために、力を注ぎがんばっている。
しかし、その社員も収入が不安定であると、家計を圧迫し、地域に落とす金自体が減少し、地域全体が沈下していく。
東京では、景気が回復したと言うが、地方では、あまり実感がないのが、現状である。

さらに、山口県では、地理的に北九州と広島という二つの都市圏に挟まれているので、ここ10年間、さまざまな企業で営業所の撤退が相次いだ。東半分を広島営業所で、西半分を北九州の営業所の管轄にするというわけだ。営業職の求人さえも、減っていく。
合併で、自治体の数は減り、公務員の定数も減っている。
その他の地域も、同様な現象は起きているのではないだろうか。

地方経済の活性化は、地域社会の柱である。また、若い方を地域に呼び寄せる未来が決まってくる。
就職の問題は、地方の全ての将来を決める問題である。

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2006年9月 6日 (水)

「地域貢献休暇制度」について

地域の活性化のためには、まず、自分自身が、地域を回り、コミュニケーションをとっていくことが大切だ。
しかし、仕事がそれを許さない。Web制作という仕事柄、不規則になりがちな毎日。仕事以外でも、常に新しいものを吸収したり、お客の立場で考えたり、時間はあっという間に過ぎていく。
その中での、仕事との両立。それが、一番の課題である。
とくに、高齢者の家では、夜7時には寝ているご家庭がある。田舎では、とくにそうである。しかし、仕事は、はやく終わっても夜7時だ。

これは、
民間であれば、誰でも似たようなものではないだろうか。
地方では、若い方は、少人数である。地域自治にとっては、一人一人の責務は重くなる一方である。だが、公務員以外の民間サラリーマンは、なかなか地域への時間をさくことができない。それが、また、地域の地盤を下げていく、悪循環となっている。

そこで、育児休暇ではない、「地域貢献休暇制度」を提唱したい。
ボランティアでも、自治会活動でもなんでもよい、地域に対する貢献をするのであれば、遠慮することなく、休める制度である。また、このような社員を出す会社に対して地方自治体が補助金を支出する。
そうでもしなければ、急激な少子高齢化の中で、地方の地域社会の維持が難しくなると思う。

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2006年8月22日 (火)

田舎では、電車の席で、席を譲ることで悩むことはない。

雑誌で、電車の席で座っていたら、自分の前に立った高齢者の方に席を譲ろうかどうしようかで悩み、勇気を出して声を書けたという話が書いてあった。
以前、東京で働いていたときは、同じように遭遇したことを思い出すと同時に、今の生活では、このような事で悩むことが、全くないことに気がついた。
家を出て、車という個室で会社に移動する、田舎の典型的な生活。車社会だから、家を出てからすでに個の空間なのだ。
スーパー等で、第三者と一緒になることはあるが、それでも、地元の方が多いので、名前を知らなくても、見かけた事がある方が非常に多い。
電車での通勤で何時間も見知らぬ大勢の人と同じ空間にいるということは、全くない。東京では、毎日、見知らぬ人との出会いに満ちていたが、そのようなことは、あまりない。

しかし、社会全体の枠全体が小さいので、初めての方とでも対話をしながらも、地域的な共通点、それはたとえば、子供の学校であるとかなどを、を探しているような、気づかいをしたりする、田舎特有の社会との接し方も、もちろんある。
今会っている目の前の人と、また、どこかで接する機会が多少なりともある。これが、前提の対話なのだ。

別の面、たとえば安心、安全の面では、田舎は強い。近所の結びつきは、まだまだ、都会に比べてはある。ただ、わずらわしいと感じることもある。

田舎と都会、どちらがいいか、またわからなくなってきた。

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地域社会の後継者育成

高齢化した地域社会にあっては、「後継者の育成」が欠如しているということである。たしかに、老人クラブ等の活動、シニアグループ等、さまざまな活発な活動がなされてはいるが、「地域社会としての後継者の育成」が、まだまだのように感じている。
世代間交流等の事業が活発に行われてきてはいるが、ここまで、急激に進展する高齢化社会では、自治会等の組織的に、地域の後継者育成を行っている必要があると思う。
今だったら、まだ昭和1桁の方も元気であり、さまざまな手を打てるが、あと10年もすると、何もないところからの地域社会づくりとなってしまう。
祭りとかだけのイベントだけではなく、地域社会の日常的な毎日の生活に関して、しっかりと伝える必要性を感じる。

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2006年6月29日 (木)

限界自治体

地域社会学がご専門の大野晃長野大学教授が1991年に命名した「限界集落」。
これは、過疎地化が進み、住民の半数以上が65歳以上の高齢者になり、冠婚葬祭をはじめとする社会的共同生活の維持が困難になった集落をいうそうです。
全国の集落のうち1割が近づいていっていると言われている。これらの集落は消滅・再生の岐路にあるといってもよい。
大野教授は、集落だけではなく、高齢者が半数以上で財政維持が困難な自治体を「限界自治体」と名付けられている。

1970年代80年代によく言われていた三チャン農業(じいちゃん、ばあちゃん、かあちゃんの三者で担う農業)も、すでに、そのじいちゃんやばあちゃんも働けなくなり、耕作ができなくなった田んぼも増えている。
このままではよくない と思いながら、効果的な手は打てないままに、状況はますます深刻になっている。
よくよく私の住む地区や自治会を考えてみると、60代70代以上が圧倒的に多い。
あと10年先を考えたときには、今の地域割りでの自治会の運営は困難になってくるのではないかと思われる。

これらの問題は、田園地域だけではなく、都市部でも全く同様である。山口市白石地区等、以前からの住宅街で現在も住宅の密集地であるが、空き家があまりにも多いと言うことが、やまぐち街なか大学でも話題になったり、新聞でも幾度が取り上げられた。
山口県の過去の商店街地域も同様である。

いびつな世代構成は、社会にゆがみを生じていく。30代40代50代が、社会的にがんばって支えることができる間はいいが、ゆがみがますますひどくなると、限界集落のように崩壊していく。家族の中に一人介護を必要とする方がいると、全員の生活パターンが、変わってくるように、社会も全く同じである。
また、企業活動や文化活動にも影響してくる。店舗等の流通業は撤退し、移動販売も来なくなる、地域の祭りやコミュニケーションの場であったさまざまな活動も消滅していく。

10年後の社会をどのようにして運営していくのか、地域として協議する場が必要だと思われる。その中では、とくに次代を担う人の人材育成が協議されるべきだと個人的には思っている。

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2006年4月18日 (火)

高齢者の新聞離れと紙媒体

ご高齢の方の新聞離れが進んでいる。やはり、老眼で見ることができないという意見もあるが、読んでも仕方がないという話をお聞きする。つまり、読んでも、自分の生活とは関係がないということだ。
また、テレビの方がニュースも見やすいとのご意見もある。そのテレビ欄を見るために新聞をとっているとのご意見もある。

都会では、フリーペーパーがメディアとして確立しているが、田舎では、フリーペーパーは歩行者がいないために成り立っていない。そんな、田舎で最近増えてきているのが、ポスティングだ。

山口県防府市では、(株)地域情報新聞(山口市)が発行する新聞「ほっぷ」が発行されている。テレビ欄があるために、テレビ欄を見るために新聞購読をしていた方は、新聞が不必要になってします。

そして、この春創刊した(株)ザメディアビジョンの「週刊タウンペーパーやまぐち」だ。メルマガも用いて、多角的な紙面作りを考えている。配布は、毎日新聞販売所が行っているのが、またおもしろい。

今までは、広告として、新聞のチラシの「防府案内」さん等の集合広告が多かった、しかし、これからは、ポスティングになりそうだ。実際、新聞の折り込み広告の一部が、ポスティングに挟まれて配布されているのも見かけるようになった。

あと10年もすると、新聞の部数も田舎では特に大幅に落ち込みそうに思う。新聞社も単に文字を大きくするだけはんく、内容も今一度考慮し、人口が一番増える、高齢者層をターゲットにした紙面作りが求められていると思う。

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2006年3月10日 (金)

整理整頓

なかなか、難しいのが対話である。相手の目を見て、しっかりと話を聞かせていただく。
それが、大事なのだが、こちらの思いこみや誤解、あるいは自分に非があって、全く相手の心を捕まえていない場合もあるものだ。

先日、ある中小企業経営者から、「うちの従業員たちには、整理整頓を何度も言っているが、なかなかわかってくれない」というような話をお聞きした。これだけを聞くと、従業員がただ、悪いように感じるが、私自身も経営者の方の話をじっくりと聞いた後で、このような話をした。

「たしかに、整理整頓をしていない従業員は悪いとは思いますが、しないのは、何かに反発する心があって、しない事もあります。たとえば、現場の仕事の事を全くわかってくれない上司に対して、口頭ではなにも言えず、反発する心があると、なかなか職場をきれいにしようという気持ちは起きず、そのような行動にでることもあります。

仕事とは直接関係がない整理整頓ができていないとか、交通事故が多発するとかは、何か組織内にコミュニケーション不足が起きたときや、組織内の重要な問題点があるときが比較的多いようです。

どうか今一度、自分の身の回りを点検してみてください。とくに、効果的なのは、1対1での対話です。言うのではなく、しっかりと話を聞いてみてください。とくに、信頼関係を失っているときは、1回だけでは全くだめです。何回も何回もです。」
と、お話をしました。

スタッフの気持ちを変えるより、リーダーの気持ちと行動を変える方が、より早いし効果的だ。

誰でも、やらなければいけないと思うような整理整頓でさえ、できていないのは、何か問題があるはずです。とくに、「何回も言ってもできていない」のは、それは、経営者自身の力のなさか、あるいは、形式上上司として見ているだけで、実は、周りからは、無視されていることが多いようです。

組織の現状は、下から見た方がよくわかる。中学生のころ、授業の内容はわからなくても、先生の心理状態をするどく見抜けた記憶はないでしょうか。
先生が内容を理解して教えているのか、不安を隠そうとしながら教えているのか、全く理解せずに教えているのか、理解をせずにただ教師としての権威だけで教えているのか、なぜだか、生徒の立場だとわかってしまう。
会社もすべてそうです。

難しいのは、上の立場になると、スタッフの気持ちがわからなくなることだ。魚は頭から腐る。だからこそ、リーダー自らが、積極的に一人一人の中に入って、話を聞き、励ますことが、、組織内のコミュニケーションを活発にし、生き生きとした会社を作り上げていく。

このようなことは、地域でも同じだ。どこまでも、謙虚に地域のリーダーががんばれるか。
よく言われるように、人材を育てた人が真の人材であると。
次の若い世代の地域のリーダーを育てられるか、それが重要だということだ。

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2006年2月 1日 (水)

昭和40年代の思い出

私が住む山口県防府市。その中でも防府市宮市は、歴史ある由緒ある商店街でした。
宮市も今は寂れてしまって、ところどころ、家も壊されて空き地ができつつあります。以前、商店だったところも、今では廃業されているところは、多いです。私が中学生までは、亡き父の友達がこのあたりで時計店をされていまして、私はよく連れて行かれました。店の前に小さな車を停めて、父が世間話をするのを横で聞いていました。
お店は、土間の一部に作業場がせり出すような形で、その作業場で時計職人の方は、目に専門の拡大鏡をつけて、じっと作業をされている姿は、すごい魔術師のように見えました。私は横の土間からそれを見ていました。狭い土間の部分には、自転車が止めてあって、壁一面には、時計がかかっていて、店全体が職人の世界となっていました。このような職人の方が以前は街のあちこちにいらっしゃいましたね。
父は、私のいとこにプレゼントする腕時計をそこで、購入していました。たしか、セイコーファイブだったと思います。まだ、クオーツ時計がなかった時代で、自動巻が当時主流だったと思います。
私が世間話につきあっているのを気の毒に思われて、よく、おこづかいをいただきました。そのおこづかいをもって、2軒先にあった駄菓子屋さんに妹と行きました。その駄菓子屋さんには、瓶に入ったお菓子が並んでいました。その瓶の中のお菓子がきれいに見えたことを覚えています。当時かわいがってもらって、今も感謝しています。以前父が着ていた服は、サイズが合わないからと、その職人の方から譲ってもらったのだと語っていました。亡き父とその方との友情がどうして生まれたのか、息子としては興味あるところですが、今では誰もわかりません。が、大人の男同士の友情はいいなぁということを子供として感じていました。
きっと、当時の宮市では、このような各商店を通して、地域全体のコミュニケーションが生まれていたのだと思います。街の昭和40年代の思い出です。
現在は、この通りに車を止めることもできないくらい、車の交通量も増えましたし、あのころのにぎわいは全くありません。宮市を通るたびに、父のことと時計屋さんを思い出します。
ここも近くの県立中央病院跡地に、ユメタウン防府店ができていますし、駅の向こうにはサティが、郊外にもスーパー等ができています。
宮市といえば、歴史は古く、昔は栄えていたそうですが、今は当時を偲ぶしかありません。
詳しくは、ここをごらんください。

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2006年1月27日 (金)

地区がなくなっていく

昨日、秋芳町の周辺部にお住いの方とお話をしました。団塊の世代の方です。
「高齢者の方が多くいらっしゃいませんか」とお話したところ、「いやいや子供もいないが、気がついたら増えた高齢者もいなくなった。だんだんと、人がいなくなってきているよ。」「しまいには、地区がないようなる。」「これから高齢者が増えるのはぼくらの年代が多い首都圏だよ。」
それから実態をお聞きしましたが、高齢者が増えたなと思ったら、施設に入られたり、お子さんのもとへ行かれたり、全体の人数がぐっと減ったそうです。
このようなことが、もうすぐ、防府をはじめとする地方都市でも始まることでしょう。
厳しい現実が来るのは、もうすぐです。

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2005年12月24日 (土)

少子化と地域コミュニケーション

人口の自然減の報道がされている。総人口も増加か減少かはまだ、わからない。
地域にとっても、子供の数が多いか少ないかは、今後の地域の発展を考えたときに、大きな課題となってくる。
まず始めに、流動人口を考える本格的な施策が必要である点である。
流動人口を考えて、地域おこしを考える必要があると思う。しかも、若年層向け、高齢者向けと、細かなターゲット世代を考えて、進める必要性があると思われる。
しかし、国全体の人口が高齢化にシフトし、減少しているので、根本的な解決にはならない。
2番目には、人口が減少してもいいように、地域の自治会等を含めた役職数の見直しや、自治会の合併等を考えて、小回りのきく地域コミュニケーションの組織をつくりあげていくことだ。
3番目には、少ない子供や青年を地域で全力で育て上げていくことだ。
地域で子供を育てる。これを本格的に行うことだ。
とくに3番目を全力で行ったところが、10年先、20年先には大きく発展するであろう。
地域コミュニケーションを考えるにあたって、厚生労働省のような国の施策の決定、また、県や市町村の決定を受けて動くのではなく、地域自らが考えて、行動することが求められている。

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2005年12月23日 (金)

地域コミュニケーションの鍵は、開かれた心

 今日は12月23日。きっと今年も地元のあるお宅では、無料の正月飾り作成の教室が開かれていることだろう。そのお宅では、年末の1日を開放して、ご近所の方に、簡単にできる正月飾り作成の教室を開かれて、ご近所では好評だとお聞きしている。いつ来てもよい教室で、みなさんの笑顔が絶えないそうだ。私は行ったことはないが、きっと主催者であるそのお宅の方の地域への思いが、笑顔の輪をつくっていることだろう。
 以前も書きましたが、今の家は、家の土間等がなくなり開放された空間がないために、玄関でチャイムを鳴らして来る方は、セールスマンや宅配業者の方が多い。家族だけの閉鎖された空間となっている。
 そして、休日のお出かけは、買い物やレジャー等でのお出かけがどうしても主になってしまう。そのコミュニケーションは、物やお金を仲介とするコミュニケーションとなってします。もちろん、スポーツのように、共通の目的の方と楽しむコミュニケーションももちろんある。
 しかし、一番大事な地元の方とのコミュニケーションは、なにげない普段の生活の中でのコミュニケーションであるために、深くまた拡げていくのはなかなか難しい。
だからこそ、地域でコミュニケーションを育て活性化させるには、誰かが自分の家の玄関を開けることから全てが始まる。でもそれは、かなり勇気と根気がいることだ。生活に根ざしている地域だからこそ、いいと思って行動したことが、逆効果になることも非常に多い。そして、それさえも乗り越えた「開かれた心」が、地域に深い信頼を勝ち取っていく。一度できた地域の信頼関係は、壊れることは少ないからだ。
 小さな事かもしれないが、正月飾りの無料の教室を開かれている方は、すごいと思う。そして、今後の地域コミュニケーションを考えたときに、それぞれの家々で、開かれた心をもったときに、大きく地域が変わることも教えてくれる。

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2005年12月15日 (木)

再生紙とガリ版紙とコミュニケーション

環境問題のこともあり、各オフィスで再生紙を使うようになっている。少し茶色っぽい再生紙は、カラー印刷の色の発色も少し違和感があるが、それはそれで、味わいがあっていいものだ。
再生紙の色をみていると、小学生の頃のガリ版を思い出す。先生は、プリントやテストを鉄のペンで一生懸命書いていた。書くと独特の音がする。それをローラーで印刷して、教室へ持ってこられた。
私たち児童は、そのB4の紙を二つに折って、ふくろにして、閉じた。袋とじと言った。これが当時一般的だった。クラスの文集なども、すべてこの方法だった。
小学生高学年になって、鉄のペンではなく、緑色のビニールのような紙に普通のボールペンで書く方法が登場した。ボールペンで書くと、そのビニール紙の文字の部分が薄くなり、インクが出てくるのだ。間違えても、茶色の独自の修正液で直すことがある程度できた。
そのころになると、1枚ずつローラーでしていた印刷も、電動式に変わったようだった。ガタッガタッと一定のテンポの不思議なうなり声で、印刷ができた。紙は変わらずうす茶色の紙だった。その紙は、今オフィスにある白色の上品な物ではなく、茶色の厚い紙だったが、どこまでも暖かい感じがした。しかも、印刷された直後は、独特のインクの臭いがして、それがまた、なんともいえず、よかった。今のレーザープリンタの印刷物のような冷たい感じではない。
昭和60年、会社に入ると、青焼きが一般的だった。うちの会社では、現在のコピー機をメーカー名で「ゼロックス」と言ったり、「白焼き」と言う上司もいたので、新米の私がコピーを頼まれると、「青焼きですか?白焼きですか?」と上司に伺ったものだ。
だから、仕様書ももちろん図面も青焼きがとりやすいような薄いトレーシングペーパーだった。書き上げた図面で、「design」の欄に、英語でサインを初めてした時はうれしさとともに、緊張した。図面もCADではなく、手書きだった。青焼きの臭いも私は好きだった。A4の官庁向けの仕様書に、大きな図面を折って中へ入れ込んだのも懐かしい。でももう、今の私はできない。
そして、県庁の出先期間に勤めたときは、契約書の作り方を学んだ。とくに「袋とじ」が難しかったことを覚えている。当時は、ワープロが全盛期だった。
1887年頃からロータス123を使い始めた。一太郎とロータス123を1992年ごろには、仕事で使えると、当時はうらやましがられた。とくに、ロータスのグラフを一太郎に貼り付けるのは、テクニックがあって、わからない方が多かった。そして、1993年頃にエクセルに乗り換えた。山口県ということもあるかもしれないが、ノートパソコンの液晶がカラーになったこともあり、操作をしていると、後で感心して見ているお客さんがいた。「これは何ですか?」と聞かれ、「エクセル」です。とよく答えた。Windows3.1の時代だ。
それが今では、みなさんご承知のとおり。誰でも使うパソコンになった。
しかし、今でも残っている、小学校の先生の手書きのプリントは、ガリ版の紙の上の達筆の先生の文字とともに、いつまでもいつまでも暖かい。

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2005年12月12日 (月)

合併と地域コミュニケーション

合併は行政の効率化には必要であるが、地域活動に関してさまざまな問題点がでてきているようだ。それは、合併前に思いつかなかったことだと聞きました。
山口県内で最初に合併をした周南市。合併をしたことによって、今まで行われてきた地域行事ができなくなったそうです。地域行事といっての、小さな行事らしいのです。
なぜかといえば、若者がいなくなったから。今までは役場にいた若い職員が、そのような地域活動の重要な戦力であったが、それが合併によって、地元の役場も総合支所に変わり、今まで他の行政区の職員がこちらに来たりして、地元の役場には、地元出身の職員が減ったらしいのです。
みちろん、ここでいう地域行事とは、旧町全体を対象としたような行事ではなく、限られた分野だったり、限られた地域を対象とした行事です。
今までの当然のごとく毎年行われていた地元行事は、実は役場の職員が核であり、有力なメンバーであったことに、合併したあとに気がついたそうです。

また、山口市の合併でもこのようなことがあるそうです。
ある楽器を演奏する市民活動団体は、各種の地域イベントにボランティアで参加する時に、楽器の荷物の運搬で、トラックが必要です。今までは、町役場だったので、職員も顔なじみで、簡単に借りることができたそうです。たぶん、職員がいろいろと融通してくれたのでしょう。しかし合併後には、山口市としての車に関する規定が決まって、難しくなったそうです。これは、規定通りに借りればいいと思いますが、今までとは、変わってきたということです。

合併前には、地元の役場には地元出身の職員がいて、商工会や社協やJAも地元の人で、何かをしたいときは、対応する職員も顔がわかり、すぐに対応できてもらえたそうです。これは、なれ合いということもあり、いい面でもあり、悪い面でもあります。
しかし、地域のイベントでいえば、机やパイプイスを借りたりするようなことだけではなく、実は、その職員がその地域のイベントの主体者であり、重要なスタッフであったようです。

合併時には、市役所の位置、福祉関係の料金、ゴミ等の処理、水道料金など、自治体に係わる大きな点や市民負担の料金等は話題になるが、それは合併しても、今までの役場が総合支所に変わるだけで、あまり大きな変化はなかったようです。
しかし、合併によって、地元の若者の重要な就職先であった役場等が変わり、職員も減り、その中にしめる地元職員の数も減り、それが、小さな単位での地域行事への影響がでることは、気がつかなかったようです。
合併するしないにかかわらず、これからの行政は効率がもとめられていくので、このような問題はこれからも発生していくことでしょう。だからこそ、意識的に、また、具体的に、地域コミュニティを構築していくことが、必要だと思われます。

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2005年12月 6日 (火)

土とコミュニケーション

山口県内も今週から急激に冷え込んできた。庭の水たまりもさむそうな感じがする。
寒さも夏の暑さも、靴の下から伝わってくる感じがします。
小学生の頃は、裸足で家の庭から田んぼまで歩いたこともありました。多雨の時期の田んぼでの感触、たまらないですね。あのぬるっとした感触。
そして、畑での裸足の感触。土を裸足で踏んだときの感触。生きているぞという気がします。
また、家の前の小川に裸足ではいると、水の流れを素足で感じる。足のそばを魚が泳ぐ。そのころは、川もコンクリートで舗装されていなかったので、川の土も足で感じた。
このように、土の感触は、なかなかいいものですね。
そして、裸足で土を踏むと、不思議と心が落ち着く。

舗装されていないと、雨が土にしみこんでいったり、水たまりができたり、霜柱ができたり、土はさまざまな表情を見せる。その表情で豊かな季節の変化を感じる。

今では舗装ばかりの地面が多いが、このような土とのコミュニケーションは、大切だと思う。また、その共通の土の上で成り立っていた農業は、立場を同じにする。地域としてのコミュニケーションとして、大事な点であったように思う。

また、子供たちにとっても、土を裸足で歩くということは、非常に重要だと思う。あの感触を味わうと、キレルということは、なくなると思う。

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2005年12月 5日 (月)

地域コミュニケーションは、最大のセーフネット!

小学生の痛ましい事件が多く、毎日ニュースを見ると腹が立ちますね。
広島県の事故現場も、栃木県の事故現場も、全国どこにでもあるような場所である。事件については、それぞれ究明されていくであろうが、この事件を契機に自分の地域に関心をもたなけらばいけないと思われた方も多いのではないであろうか。

となりがどんな人かわからない。それは、自分の住んでいる地域がどのような地域なのか知らないということである。知らないということは、どのような対策をしなければいけないということもわからない。

地域のコミュニケーションをとることは、実は自分の身を守る一番重要なことである。また、それが自分自身にとって、目には見えないが、一番の財産となる。

しかし、それがわかっていても、昔と生活パターンも異なるし、近所とのつきあいもなかなか難しい、だからこそ、今の生活パターンでもできるような、地域コミュニケーションの方法を考えていきたいですね。

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2005年11月26日 (土)

自治体と地域コミュニケーション

多くの自治体が合併をした。
それに伴い、多くの自治体が消えた。そして、数年もすると、消えた自治体の公文書関係が消えてしまう。また、人事交流も進み、各自治体がもっていた独特の気風も消えてしまう。
合併して、範囲も広く、事務が効率化してくると、どうしても、個人個人への目配りがおろそかになってしまう。今までは、窓口に行けば。顔がわかり、家族構成までわかっていた職員と会話していたのが、自分の名前から話をしなくてはいけない。これを便利だと考えるか、わずらいと感じるかは感じる人による。高齢者にとっては、言葉足らずの相談でも相手が自分のすべてをわかっているので、それで事足りる。しかし、氏名からの説明では、説明だけで疲れてしまうこともあるだろう。
が、地域のコミュニケーションを大きく変えていっている。

また、合併で、小さな自治会単位のさまざまな情報が消えてしまう恐れがある。地域情報は、対話で決まることが多く、文書として作成することが少ないために、残ることが少ない。だから、回覧板で回る公文書関係が、過去を調査するときに大事である。
5年度保存等の事務が決まっているのだろうが、将来のために、ぜひ、残していってもらいたいものだ。

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2005年11月25日 (金)

お墓のコミュニケーション

お墓。先祖の墓を守る。高齢者の方には、本当に大切に思われている方が多いようです。
だから、子供が都会で生活をして、年老いた親を都会に呼び寄せようとしたときに、家を留守にすることよりも、墓を誰が守るかが気になる方が多いようだ。
「墓を守ることが、家を守ること。」
あまり普段は気にかけないことではあるが、墓というのは、日本社会では重要と考えられている。
これが、災害や事故にあっても、またがんばる力の源泉力となっているのは事実だろう。
そして、地域の連携へとも繋がってきている。

今、地元では高齢者が増えて、老老介護も増えてきた。また、夫婦とも施設入居者ということも珍しくなくなった。
そして、施設で亡くなられて、都会から子供あるいは、孫が来るケースも多いようだ。その後、空き家の田舎の家は取り壊されて、そして、墓も移転されていく。

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2005年11月19日 (土)

孫のコミュニケーション

孫の話題が、近所での会話になることが多い。
昭和40年代は子供の話題が中心だったような気がするが、高齢化にともなって、対象が孫となってきた。
「かわいいお孫さんですね」この一言からさりげなく会話にはいることができる。
母親間の会話であると、幼稚園や学校の話題等になるが、孫の話題であれば、そうでもない。

しかし、その孫も核家族化で、同居していることは少なくなってきた。
子供がたくさんいる地域はそれだけで、活力があるように感じる。また、昔から赤ちゃんがいる家庭のおじいちゃんおばあちゃんは元気だとともいう。

子供が遠距離に住んでいる場合は、お盆や正月の帰省時には孫と会えるが、数日間の想い出を残してまた去っていく。近所の方がお孫さんと会う機会もない。孫が近所の方も会っていて、会話をしたり見かけているからこそ、会話が深くできるのであって、このような場合は、一方的な話をきくだけとなってします。

今振り返ると、自分が小さいときは、近所で行くところ行くところで、かわいがってもらった記憶がある。子供にとっても、自分が話題になる会話にいることによって、コミュニケーションの取り方を学ぶことができる。

今後の地域社会のコミュニケーションを考えるときに、世代間の交流をいかにして保つかをよく考える必要があると思う。

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2005年11月17日 (木)

健康と介護のコミュニケーション

どうしても、ご高齢になってくると、まず健康が一番の話題となることが多い。
「このお医者さんはいい。」「あのお医者さんにかかったらすぐ直った。」このようなお医者さん情報が一番重要なものとなっている。
もちろん、お医者さんの評価だけではない、咳が続いているので、内科へ行っているという話をすると、耳鼻科に行ってみたら、とアドバイスをしあったり、あの野菜を食べると調子がいい等の健康関連情報の話題もある。
また、最近ではデイサービスの施設の善し悪し等介護関連情報が話されている場合も多い。
このような話題は、地域で話をする場合も多いが、病院や医院の待合室での会話が多いようだ。待合室が、地元の社交場となっている事が多い。そして、「内科」から「眼科」のように、お医者さんのはしごをする場合もになることも多いので、そこで、話が広がっていく。

介護保険以降、デイサービス等での会話も多いだろう。デイサービスに行かれているせいか、10年前までよく見かけていた、台車をついて歩くお年寄りを最近見かけなくなった。
そのかわりに、車いすのマークを張った小型バスが、地域を巡回しているのをよく見かけるようになった。
そして、施設に入られる方も多い。

地域のコミュニケーションを考える場合、医者、デイサービス等の施設なども含めた輪を考える必要があるように思う。

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2005年11月16日 (水)

野菜の地域コミュニケーション

夕方、家に帰ると、勝手口前に、新聞紙に包んだ野菜が置いてある。ありがたい。近所の方が自分の畑で作られた物が置いてある。ありがたい。
また、母は自宅の畑で、ある野菜がたくさん取れれば、それを近所へ持って行く。
田舎では、野菜によるこのようなコミュニケーションがありがたい。あまり押しつけ的にもならないし、野菜は絶対に必要なものだし、考えてみれば野菜は不思議で、コミュニケーションのきっかけに非常に便利なものです。
何も持たない「てぶら」ではなく、野菜を持って行くから、また話をしやすい。
それを勝手口から入った土間でする。
都会になると、野菜のようなちょうどよい、おみやげものがない。
田舎でそれぞれの家で野菜を作るのは、単に食べるためだけではなく、このようなコミュニケーションのツールとしての意味合いもあるような気がする。

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2005年11月15日 (火)

土間の地域コミュニケーション

先日、山口市秋穂二島の山口県セミナーパークで行われた「県民活動・ボランティア・フェスティバル2005」に参加した時に、東京ボランティア・市民活動センター所長の山崎美貴子先生の記念公演を聞かせていただきました。
その公演のなかで、昔の日本家屋には、あがり框(かまち)や縁側があって、閉ざされた空間ではなく、ちょっと訪問して話ができる空間があった。でも、今は玄関はドアが閉まり、インターホン越しに話をしないといけない。以前はここに大切なコミュニティがあった。というような趣旨のお話をされ、勉強になりました。ありがとうございます。
そうですよね。私の家も勝手口から入ると土間があります。でも、今は床を張っています。そして、上がり端(はな)があります。ここに、腰をかけて座ることができます。目の前は台所です。不思議と落ち着ける空間です。
そんな土間に、時々近所の方が来ては、母が世間話をしています。
このような空間が大切なのでしょうね。
だから、家の玄関は滅多に使用しません。近所の方は、勝手口から土間の方へ来ます。なにかの
来客があったり、よっぽどのことがないと、使用しません。考えてみると、これがおもしろいですよね。
しかし、今から家を建てる人は、土間のような空間はもうけないでしょうね。
昔は土間や上がりかまちが全ての家でありましたね。子供の頃には、親戚の家に行ったら、ちょこんとそこへ座ってお茶を飲んだりして、両親が親戚とかわす会話を横で聞いていたのを思い出します。
このようなオープンな空間が、私たち当時の子供にも、知らないうちにあいさつの方法等さまざまな社会勉強になっていたのだと思います。
でも、私が子供の頃は、テレビに出てくるようなドアのある家に、あこがれていました。今頃になって、土間の良さを再確認しています。
みなさんのお宅には土間がありますでしょうか?縁側がありますでしょうか。

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2005年11月 9日 (水)

地方紙・地元紙の情報の活用について

地域コミュニケーションのためのサイトは、ボランティアに頼ることが多い。
また企業でもボランティになることも多い。
昨日、地元のある新聞社の方とお話をした。その新聞社は市を対象とした小さな地元紙である。しかしながら、早くからネットで、紙面の一部記事をネットで発信をし、県外在住者の閲覧数が確実に増えてきている。小さな新聞社では、記者と営業は兼ねる必要もあるし、ネットまではなかなか手が回らないのが実態であろう。その中で、時間を絞り出すようにして、運営しているのには、頭が下がる。でも、これが全て無料である。
大手新聞が、記事をネットで無料閲覧できるようにしているのは、経営的にだいじょうぶでろうが、地元の小さな新聞社が、そこへ力を入れていくのは、経営的はどうかと思う。
しかし、今はネットの時代、どの地方紙もネットに力を注いでいるが、ほとんどが奉仕の状態であると思う。それは、長続きはしないし、今以上の展開を行えることもない。
有料化の方法としては、記事の内、主要な項目は無料閲覧できるが、その他の記事はタイトルのみの閲覧とし、それ以上の閲覧は課金制にする等のシステム等が考えられる。また、難しいかもしれないが、バナー広告等もそうであろう。

いずれにせよ、今後の地方でのサイトのあり方を考えるときに、地方紙のような、記者の目を通した整理された情報をどのように活用するかという点が、大事になって来るであろう。

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2005年11月 3日 (木)

地域ポータルサイトは会うことが重要

地域では、さまざまな情報がとびかっている。
主な情報は、フェースツウフェースの情報だ。
顔をつきあわせての情報は、その情報量はネットと比べものにならないぐらい多い。しかも、うわさ話など、真偽がはっきりとしていない情報もあるが、それは、「ここだけの話・・」「うわさだけれど・・」等の言葉がついたり、顔の表情であわせて伝わっていく。
受け手も、その情報はオフィシャルな情報発信としてとして受け止めていないので、そのように処理をする。
もちろん、行政からの情報や各企業からのチラシ情報等もあるが、行政からの情報も地域の有力者が、「私はあの件についてはこのように思っている」と言ったという意見が付属して流れたり、企業からのチラシ情報も、近所の主婦の「あのお店の値段は・・」等の意見がついたりする。
つまり、基本的には、このようなフェースツウフェースの情報が集まり大きく渦のようになっているのが、地域コミュニケーションだ。そこで、世論が形成されたりする。
このような地域コミュニケーションの中で、どのようにして地域ポータルサイトのようなものを構築すればいいのだろうか。また、ネットではどのような事で貢献できるだろうか。

まず考えられるのは、行政が中心となると思われるのが、災害等の緊急通報である。また、自治会で回るような回覧板のような公共的な情報も含まれるかもしれない。次に、バスやJRの時刻表のような便利帳のような情報である。
その次に、地域出身者等の距離的に遠く離れている人とのコミュニケーションである。これは、ネットでないと情報を得ることができないからです。
ここまでは、簡単な思いつくのであるが、これから先が問題である。

さまざまなお店情報を掲載するが、見る人が欲しいのは、どこのおみせがおいしいかというようなそのお店の評価情報である。しかも、自分のフェースツウフェースでのコミュニケーションで入ってこないような情報を求めている。
だから、このようなサイトではできるかぎり評価を含めた情報を求めている。しかし、管理者も情報の価値観の共有のために、当然地元出身者であることの方が多く、そのメリットがあるが、厳しい意見を掲載することは、地元とのさまざまな繋がりもあり、非常に難しい。そのために、評価に関しては、サイトの会員の多数意見の状態を提示するような、客観的な評価情報システムが必要である。
これは、楽天などのような、ネットでの評価システムではなく、地域の特性を活かした、試食会の開催をしたり、出品のお店を含めたアンケート調査をするような手作り感もいいのではないでしょうか。
このようなオフ会のような手法等の上手な連携が、必要であるだろう。つまり、ポータルサイトの運営に、地域コミュニケーションのフェースツウフェースを取り込む形で行うようにしていくべきだと思う。
ネット、ときに地域系のサイトでは、対象の地域のさまざまな問題等をかかえている場合が多く、掲示板等荒れることが少なくない。
私自身も10年近く運営をしてきて、一部の人だけであるが実際に会ってきたことが、さらに信頼を勝ち得てきたように思う。
地域のサイトの構築は、全国を対象としたような大規模なサイトとは違い、非常に手間がかかる。しかし、ネットの将来を考えても、これからの少子高齢化社会を考えても、今設立し、さまざまな試行を行いながら、準備する必要があると考えている。

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2005年11月 2日 (水)

地方での情報ポータルサイト

ヤフーも楽天も、さまざまなポータルサイトの機能の充実ぶりには目を見張るものがある。このような機能的なページが重宝されているが、なかなか地方版の同様のサービスは、発展していっていない。
しかし、どうしても、地方の情報ポータルサイトでは、そのような機能を地方用に特化しても(絞り込んでも)だめである。
NTT系の会社や、電力系の会社や、ソフトハウス等がチャレンジしているが、どうしても、うまくいかない。
それは、地域限定であるために、第1に情報が集まらない。したがって、機能的な検索が使えない。
第2に、その地域で求めている情報が、その機能的なデータベースにマッチしていない。ヤフーのようなカテゴリーを作成しても、みんなが見たかったのは、自分の出身地では、「今どのようなことが話題であるか」を知りたいだけであったというようなことは、多い。
このような理由から、なかなか、地方のポータルサイトは、難しい。そこから、打破するためには、ポータルサイトのキャスター的な存在を作り上げるしかないと思う。
そのキャスターが情報を受けて、全体をコーディネートしていく。そうしないと、細かなニーズに小回りよく対応することは、難しい。また、そのキャスター的な存在が、故郷の暖かさを演出していく。
ただ単純に、ヤフーやライブドアや楽天がやっていることを、地方版としてまねればよいというのは、だめだ。

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2005年10月31日 (月)

精米所での会話

私が幼稚園に通っていた昭和30年代を思い起こすと、近所の懐かしいおじいさんやおばあさんのことを思い出す。
亡き父が精米所を経営していたので、近所の方がよく精米所に立ち寄られた。消費者の方というよりは、農家の方が自分で食べる米を精米するために、来られる。その米をつく間、世間話になったりする。
精米所の中は、ヌカの臭いで一種独特であった。暇なときに父のそばにいた。世間話のことはよくわからなかったが、近所のおじいさんやおばあさんは、一言ぼくに声をかけて、かわいがってくれた。
父と母は一生懸命働いていた。あまり、儲からなかったと思う。家族で旅行と言えば、いつも、車で県内日帰りだった。昼はいつも母のおむすびだった。でも、それが懐かしい思い出となっている。
さて、精米機は、大きな機械で、その稼働したときのテンポのある音は、いまでも覚えている。その中で、近所のおじいさんと何か話しをしたかは覚えていないが、その光景は覚えている。そのおじいさんの一人が、郷土歴史家だったことを知ったのは、私が小学校高学年になってからだった。
また、おばあさんは、いつも、やさしい言葉をかけてくれた。
精米所の中では、そのような地域の会話がいつもあるような場所であった。今思えば、地域コミュニケーションの一つの拠点であったと思う。
精米ができるまで待つすきまの時間、精米機の音、ヌカのにおい、それらの中での話。だからこそ、会話ガ進んだのかもしれません。

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2005年10月28日 (金)

地方での媒体広告(その8)

テレビ各局のローカル番組が、どこも同じような話題を取り上げている事が多い。多局が取り上げた話題をまた、週遅れで取り上げるという状況。お互いがお互いの番組を見ながら進化しているので、しかたがないのだが・・・
これからのデジタル化、双方向を考えた時は、県という単位では情報の扱いが難しいと思われる。今年度も多い合併を契機に、ネットをうまく利用した、市単位の情報の収集発信、今までテレビに出演してこなかった方の出演など、抜本的に考え直さないといけないと思う。
キャスターが違うだけで、内容はどこも同じような内容がつまった番組は、捨て去られていくだけだ。

私であれば、市単位の情報をネットで充実させていく。PTA関係の会合の予定の情報まで掲載するようなきめ細かさが必要であろう。巨大になった下関市、萩市、長門市等の旧市町村の垣根を乗り越えた情報インフラの整備はまだまだである。そこがねらい目だ。
そして、そのネットと融合した番組を制作する。ただ、詳細の情報はネットで見るようにアナウンスするだけだ。テレビの番組は、メニュー項目程度でいい。それか、通常のニュース番組の下の方にテロップでメニューを地域ごとに流すかだ。

とにかく、テレビ局が今まで、地元をしっかりとマーケティングできているかどうかが、メディアとしての正体が明かされる時代に入ったことだけは、確かである。

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2005年10月18日 (火)

地方での媒体広告(その7)

■2005年4月の番組編成
山口のローカル番組も2005年春、リニューアルが行われた。
山口という独自コンテンツの強化策のためだと思われる。
テレビ山口は、ニュース番組を含め大幅リニューアルを行った。とくに、月曜日から金曜日まで朝5時25分からのローカル番組「ぐちモニ」(月曜日〜金曜日 午前5時25分〜午前5時55分)を設定し、今まで山口放送KRYだけであった朝のローカル番組「さわやかモーニング(月曜日〜金曜日 午前5時30分〜午前6時30分)」に戦いを挑む。開始が5分早いのも、うなづける。
また、これを契機にTYSのロゴも変更し、ホームページも大幅リニューアルをした。
http://www.tys.co.jp/
しかし、その「ぐちモニ」秋の番組編成で午前9時55分からに変更になった。「みのもんた朝ズバッ!」との関係と思われる。
山口朝日放送YABも、土曜日昼の番組「DOーYOーDA!!」(土曜日午後12時〜12時55分)を新設し、今まで土曜日午前中にあったテレビ山口TYSの「ちぐまや」に対して、新たな戦いを始める。受けて立つ、テレビ山口TYSは、「ちぐまや」をメンバーを入れ替えてリニューアルし、「週末ちぐまや家族」(土曜日午前9時25分〜10時20分)で受けてたつ。
また、ネットにも力を入れ始めた。さきほどのTYSのサイトの全面リニューアルもそうだが、YABのサイトも天気予報をTOP画面に表示したり、TYSだけが携帯3社の公式メニュー登録であった携帯サイトに対して、挑戦を始めている。
http://www.yab.co.jp/
山口放送KRYは、4冠を達成しているテレビ局として、堂々と受けて立つ姿勢だ。とくに、夕方のお化け番組「熱血テレビ」は、幅広い世代にファンが多い。いずれにしても、KRYは、ラジオ番組で育てた地域密着型番組作りを活かしている。

これらのテレビ局の競争が、さらなるいい番組作りになることを祈っている人が多い。
今までと違った思考で、角度で制作をせずに、今までと同じような考えであると、以前のFM山口の午後1時からの生のお昼番組等のように息切れがして、番組が消滅してしまう。
これから、いよいよ地上波デジタル放送も始まり、見せかけだけのローカルが消えていくだろう。

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2005年10月17日 (月)

地方の媒体広告(その6)

■テレビのローカルニュース
今の形でのローカルニュースは、将来なくなるかもしれない。
山口県内の中小企業の経営者のかなりの数が、ケーブルビジョンでテレビ東京系列のTVQの「ワールドビジネスサテライトニュース」を、福岡のビックカメラのCM提供で見ている。
新しい形はたとえば、合併が進んでいるので市町村の数も減り、各市単位で、新聞記者OBのような方に嘱託社員のような記者を募集し設置し、ハンディカムクラスでの撮影をし、ネットで送り、本社で編集し発信等、正社員を極限まで減らして対応するような形であろうか。
また、これまでは本格的でなかったネットでのローカルニュース配信の有料化を本格的に模索し始めるであろう。

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地方の媒体広告(その5)

■ニュースキャスター ダン・ラザー氏の引退
ダン・ラザー氏は、2005年3月9日に24年間も続けたアメリカを代表するニュース番組「イブニング・ニュース」を降板した。
昨晩(3月10日)の各社の報道を見ると、大統領選期間中の、ブッシュ大統領がテキサスの州兵の時、ベトナム戦争の前線への派遣を免れるための特別待遇を受けていたとの疑惑報道にたいして、証拠資料が偽物だったこと等がわかり、インターネットのホームページでも糾弾されていたそうです。また、「イブニング・ニュース」の視聴率も全盛期の半分に落ちているそうで、現在ではニュースをネットで見る時代ではないかとの指摘もあった。
なるほど、そうかもしれない。1日のニュースを家で夜の10時や11時のニュースで見ることよりも、会社や携帯で、朝日や読売のサイトを見ることが多く、その話題を商談で活かすことが増えてきた。夜のニュースでは間に合わないのだ。
将来的には、重大事件や緊急のライブ中継等を除いて、今までのニュース番組は姿を消すかもしれない。
そのように考えると、山口県のようなローカルニュースはどうなるのだろう。
今のローカルニュースは、話題のほとんどが、事件と事故、県政と各市町村の行政関係、講演会等のイベント(ほとんどが行政主催)、祭り等の伝統行事、桜が咲いた等の季節のお知らせ 等々である。
特に事件や事故がないと、「イベントの事後報告」と「伝統行事」と「季節の話題」ぐらいしか報道されないことも多い。そのために、行政の動きが少ない土日は、ローカル放送の時間が10分程度しかないような局もある。だから、土日のイベントの取材依頼をしても、週末の記者の数が少ないことをあげて、「残念ながら、無理です」と断られることも多い。記者や取材スタッフの人件費もばかにならないのだ。
しかしながら、このままテレビCM等の出校額の低下が続き、アメリカのように、ニュース源をネットにみんなが求めるようになると、地元テレビ局は、かなりの苦戦を強いられる。

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地方の媒体広告(その4)

■新聞は?
それでは紙媒体はどうであろうか。
紙媒体の主力は新聞である。しかしながら、高齢者だけのお宅では、新聞を読まなくなってきている。「最近、新聞を読まなくなった」と80代の近所の方からも聞く、読むのは、チラシぐらいだ。また、地元で起こった事件の詳細を知るためにローカル面を見るぐらいの程度だ。
このままでは、将来、今のままでの新聞は廃れていくと思われる。今後、今までは新聞のおまけであったチラシがメインの「チラシだけの新聞」、「全国の主要なニュースとローカルニュースとテレビラジオ欄と健康ニュースだけの文字が極端に大きな4頁の新聞」が、今後できるように思えてならない。

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2005年10月15日 (土)

地方の媒体広告(その3)

■山口県は全国のモデルに
山口県のテレビ媒体、ラジオ媒体についてかなり厳しい書き方をしたが、それは、山口県が広島と北九州・福岡という2大都市圏の間に挟まれた特殊な事情によるところが大きい。県境を越えた電波の侵略(?)が大きいのだ。そのために、山口県内の民間放送局は他県にくらべて大変な労力を強いられている。
県内の有力企業は、県内のテレビ媒体やラジオ媒体に資本を出している。企業戦略として、ラジオ局やテレビ局への出資には、今までは当然意味があった。また、全国規模の企業と同レベルで、自社CMがテレビで流れることは、企業イメージとしての効果もあった。
だから、たとえ一般消費者が買わないような製品しか生産していない企業も、出校しているが、余力がある今はいいが、中国企業のの台頭等で経営が厳しくなってきたり、将来その効果の実態に気づき始めた時に、手を引くであろう事は容易に想像できる。
実際、ここ数年間、テレビ局やラジオ局主催の大きなイベントは、定期的な車のショーやマラソン大会、映画の試写会を除いて、なくなった。これは、各種イベントが増えたこと、県民のニーズが多様化したこと、目新しさを感じなくなった事に加えて、地元マスコミの看板では、集客力が望めなくなったことに起因していると思われる。
しかしながら、今の山口県の現状は、ネット等の他の媒体からも今後攻められるであろう他県の民放がいずれ悩むべき課題がいち早く表にでてきていると考えられないであろうか。
つまり、山口県の民放のさまざまなチャレンジが、全国のモデルとなるであろうとも考えられる。
そのような視点で前向きに考えると、さらにまた、山口県は全国の中でも、高齢化の高い県である。
今後のメディアの展開やあり方を考えるときに、山口県のさまざまな媒体の動向は、今後大いに参考になるのではないだろうか。

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地方の媒体広告(その2)

■DVDレコーダーの設定は九州波
また、テレビの見方も変わってきた。DVDレコーダーである。
山口県では、DVDレコーダーを購入すると、ます、「山口県」か「福岡県」のどちらの番組に設定をするか選択する必要がある。多くは、局数が多い「福岡県」を選択してしまう。そこで、録画番組に関しては、山口県ローカル局は切られてします。
 そして、DVDレコーダーには、CMカット機能が搭載されて、CMを見なくなってきてもいる。さらには、双方向性のデジタル化だ。ローカル民放局では、その設備投資でかなり苦しくなってきている。
ローカル民放を見るのは、朝と夕方のローカルニュース・情報番組だけになるだろう。今現在も、ローカルCMは、朝と夕方のニュース・情報番組だけである。
■媒体の選択肢の増加は県民にはうれしいが
山口県の地方でも多様な媒体が乱立すると、一般の市民からは選択肢が増えていいが、テレビ局やラジオ局のように県全体をターゲットにしてきた企業はかなり大変になるであろう。また、地元企業が販売戦略を考えたり、宣伝活動をするうえで、山口県という単位で考えることはしなくなってきている。もっと狭い地域をターゲットにしたり、特定の趣味の層をネットで宣伝したり、行政単位では考えていない。
書きながら冷静に分析していくと、山口県でのローカル局は電波だけでは成り立たなくなるというように思えてならない。電波だけでなく、他のメディアとの連携等をどの地方よりもいち早く考えていく必要があるだろう。
最近の地元企業の一番のテレビの宣伝効果は、全国ネットの料理番組で、食材として取り上げられたりした、番組素材としてのケースである。
■テレビは味覚も変える
以前も書いたが、平成4年当時ケーブルテレビがここまで普及する前に、大手ラーメンメーカーとの共同調査を行ったことがある。山口県内で「とんこつ味が好き」と答えた地域は、九州波の民放が視聴できる地域であった。テレビ、ラジオの影響は、知らず知らずのうちに生活スタイルそのものに影響を与える。気がつくてみんなが見ているテレビは九州のローカル番組であり、九州企業のCMであるかもしれない。
今後、どのようになるのだろうか。また、しなくてはいけないのであろうか。

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地方の媒体広告(その1)

山口県でもマスコミは、かなり厳しい。テレビ局もデジタル化を前に、社員数を減らしたり、子会社を統合や廃止をしたり、ラジオ局でも、ベテラン社員の退職募集や、局アナを減らして番組のパーソナリティをフリーに外注したり、大幅なスリム化が行われているようだ。また、バックのメイン企業が交代するような事もあった。
テレビ局もラジオ局も制作費がかかるわりに出校に結びつかないローカル番組が大幅に減少している。(ただし、全番組のうち一定割合はローカルを放送しなくてはいけないために苦労しているように思われる。)また、テレビ局では特に地元企業のCMがかなり減っている。
今の地方の景気では、今までのようなテレビ局とのおつきあいだけでのCM出校は完全になくなった。地方の企業での広告宣伝費にかける余力がなくなってきている。
そして、新しいメディアもかなり台頭してきた。テレビ局は、ケーブルテレビだ。子供のいる家庭では、キッズ向けの専門チャンネルが着けっぱなしで、ゴールデンタイムも見もしない。そして、九州波と呼ばれる(岩国は広島波)、他県の民放だ。流れるCMは、福岡天神のバーゲンだ。下関では福岡県の知事を知っていても山口県知事の顔を知らない人が多いということが言われているが、九州波が県央部でも長門・萩でもクリアに見ることができるようになると、ますますその傾向は顕著になるだろう。
ラジオは、コミュニケーションFMだ。県内の主要都市には、ほとんどコミュニケーションFMが開局した。地元密着放送で、1CM500円という低価格で、売り出している。今までのAMは山口放送、FMはFM山口という独占市場が切り崩されている。リクエストも小さなエリアを対象とし、生放送主体の番組構成なのですぐにかかるというテンポのよさである。

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2005年10月13日 (木)

地方におけるコミュニケーションのあり方(その3)

私のサイトの意義として3つ目に、地方の生活者のアーカイブになったという点です。
10年、サイトを運営しました。全ての情報をそのまま掲載しています。対話の中で、昭和20年代、30年代の話も出てきます。ジュースを運ぶ馬がいたという、今では信じられないようなことも話題となりました。
都会の風俗や生活は、マスコミの雑誌等での資料で当時を追うことはできますが、地方の生活や風俗は、時が経てばわかならくなります。それは、地方ではマスコミがそこまでカバーできないからです。たとえば、地方紙で防府の12月を調べると、どの記事でも出てくるのが、防府読売マラソンとお笑い講でしかありません。生活感を感じさせるものは、記事になりにくい点もあり、そのまま消えていきます。市役所の広報誌でも、行政関係だけです。私のこの約10年間以上の掲示板は、投稿数約6900件、写真データ約1500点にもなります。それを読み返すと、この激動の20世紀から21世紀にかけての世相をそのまま保存していることに今、気づきました。万葉集のような、庶民の声をデジタル化し、その財産を未来へ繋げていくことのすばらしさを実感しています。
現在、アメリカ連邦政府の団体が世界中のサイトを定期的に録画するという驚くべき作業を毎日しています。それは、文明には記憶が必要だ。記憶から次の文明が生まれる。しかしながら、デジタルデータは消えてします。という、危機感から行っているそうです。
なるほど、今、市町村の合併が行われて、合併された市町村のサイトが、消えてしまいました。私のサイトも、いつまで続く変わりませんが、このような団体が有る限り、どこかに、このサイトの情報は永久に保存されることに感謝をしたい。

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地方におけるコミュニケーションのあり方(その2)

2番目に、このサイトの掲示板約10年間を読むでわかってきたことがあります。
9年間の掲示板の対話の中で、今まで表現が難しいと思われたことが、表現できたことです。
それは、県庁等が行う山口県の魅力についてのアンケート結果を見ますと、「自然が豊か」「住んでいる人がいい」などが、よく上位に並びます。しかし、このアンケート結果の「自然が豊か」というのは、山口県の秋吉台等の特定の観光地を指したものではありません。山口県の一般的な風景を指しています。また、「住んでいる人がいい」というのも、特定な人を指しているのでもありません。この山口県全体の魅了なのです。
ところが、このサイトを6年近く運営したときから、「私は山口県防府市に行ったことがないいのですが、行ってみたい」、「掲示板の対話の中に故郷のよさを感じた」というメールや投稿があって、はっとしました。
このような観光客や住民が感じる地域の魅力は、長くその地域に滞在するか、たまたまそのようなシーンに出会うかしかなかったものを、このような掲示板でかんじていただくことができる という点です。
地域の魅力で、住んでいる人が感じているが、なかなか伝えられないものを、私のサイトが伝えることができるようになったのです。

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地方におけるコミュニケーションのあり方(その1)

私個人のサイトを立ち上げて、今年(2005年)の8月で満10周年を迎えました。
多くの方のご協力で、ここまで運営することができました。ありがとうございました。
私が個人でサイトを立ち上げたときは、ヤフーの日本版もなく、ホームページを見たことがない人が多かった時期です。私が住む山口県でも山口大学と宇部女子短期大学ぐらいしかしかなかった。そこで、山口県の地方でもサイトを立ち上げているぞ!と私が立ち上げたのがこのサイトです。すると、地元出身の方からメールが入ってくるようになり、私との交流はどんどん増えてきたのですが、どのように発展すればいいかという事で、掲示板をすることになりました。ただし、当時のプロバイダは個人が契約できるような料金ででCGIを許可してくれるようなところはなく、メールで着た投稿を使用して手作業でページを作成するということをはじめした。だいたい、プロバイダの接続先はいつも福岡でした。今では考えられない環境です。そして、それから約9年間その手作業をしています。あほな話ですが、通常のHTMLであるために、検索エンジンにはよくヒットしてくれます。CGIであれば、ここまではヒットしなかったと思います。そして、荒らされることもありません。

さて、この10年間は、まさに手探りで運営を進めたのですが、その中でわかってきたことがあります。
地方におけるコミュニケーションのあり方を論ずるために、簡単にまとめてみます。
まず、はじめに。
地方のの情報を一番求めている人は、その地方出身者であるという点です
この当たり前の事実に、今まで気がついてきた団体は意外と少ないです。どのサイトでもリピータはその地域出身者なのです。
その一番の山口県のファン(サポータ)にとって、ネットで見たい情報は、有名な観光地でもなく、「自分の出身小学校の校庭にあったあの木が今もあるのか」とか、「子供の頃にお菓子を買いに行ったお店のやさしいおばさんは、今もいらっしゃるのか」というような情報の方が、知りたい情報なのです。
誰でもそうですが、その故郷のちょっとした情報が、過去の想い出をかき立てて来るように思い出してくることがあります。
それが、故郷の一番の価値ではないでしょうか。
地域コミュニケーション、地域のポータルサイトを考えるときに、出身者がその地域の熱心なサポータである点をしっかりと認識して、取り組んでいくべきであると思います。
地域のポータルサイトが地域イベント等の情報発信だけを行っているところは、反応もなく、だんだん管理者にも負担になり、更新がとまっているところが多いようです。
地域コミュニケーションを考えるときに、一番応援してくれる方である出身者をまず大切にしましょう。
私は数多くの方の応援で本当に助けられました。

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