2008年10月21日 (火)

「限界集落」だけではない、「限界店舗」、「限界会社」も

限界集落という言葉は、大野晃 長野大学教授が、提唱した概念で、65歳以上の高齢者が自治体総人口の過半数を占める状態を「限界自治体」と名付け、「限界集落」は、この定義を集落単位に細分化したものである。

しかし、地方の中小企業を見ると、農業のような一次産業のように年齢構成が、60代後半から70代の方が主力の経営者や従業員である企業が結構多いことに気づく。

若い従業員が定着しない、業績の悪化で社員を増やせない等、さまざまな理由はあろうが、10年経つと、10才年を重ねることは間違いない。

「自分が元気な間だけでは、大丈夫だが、もし倒れたら、廃業だな。」
そのように元気に語る経営者の方もいる。

しかし、製造業のように、長年の熟練を要するような仕事などもある。
その技術が消滅するというのは、社会にとっても、大きな損失になることもあることを考えると、一社だけではない、社会全体の仕組みを考える必要があるのではないか。

65才以上の社員で構成されるような会社や店舗も実際に地方にはある。
生涯現役として、会社の第一線で、いつまでも戦うのは尊いが、いつかは、引退がくる。
会社も生き物である。日常業務と人材育成は、常に車軸の両輪である。

今だったら、間に合うと思う。
不謹慎かもしれないが、「限界店舗」、「限界会社」と名付けてはいいのではないかと思う。

少子高齢化は、受け継ぐ若い人がどんどん少なくなっていく社会だ。
1人1人が貴重な社会の人材だ。
だからこそ、若い方をどのように育てるか。また、励ますか。
が大変重要になってくると思う。
優れた組織は。その手をすでに打っている。

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2008年10月17日 (金)

秋の夕暮れに思うこと

さわやかな秋空の防府市内。
朝は寒くなってきましたが、みなさまの地域はいかがでしょうか。
私は土日も行事等でつまっていて、忙しい毎日です。
さて、我が家ではキンモクセイの花の香りが広がり、4本ある柿の木の実も大きくなりました。今年は台風が来なかったから、実の数も多いような気がします。
2008年10月7日撮影の柿の木です。
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我が家の周りの田の稲刈りもほぼ終わりました。稲刈りと言えば、私にとって印象深いのは、夕日です。農作業でようやく稲刈りが終わる頃には、いつも夕日でした。そこで、父と母が働いていました。 以前は、カマだけで刈っていました。腰には、ワラをいくつか差していて、ほどよい太さで結んでいました。

そして、バインダーが導入されました。自動で刈って束ねていくのを見て、子どもから見ても興味津々でした。それからコンバイン(以前は脱穀は脱穀機でした)へ。昭和40年代の約7年ぐらいの間に次々に進化しました。機械化されても、作業の最後は、どうしても夕日の中での作業となります。親戚もテゴ(「手伝い」の山口弁)で集まり、今思えば、大変な作業でした。

次の日から、稲を乾燥する作業です。父親が常に乾燥機のそばについていました。これも、以前は天日で干していましたね。私も幼稚園ぐらいの時ですが、庭中に稲が干してある光景は今でも忘れません。子どもは正直、大人のじゃまだったと思います。

また、夕日と言えば、お風呂です。五右衛門風呂で、夕方の母の仕事は、風呂をわかすことでした。手伝ったこともありますが、多くは母が焚いていました。高校時代、自転車で家に帰っていくと、夕日の中、我が家の小さな煙突から白い煙がのぼり、母が風呂を焚いているのが、わかりました。今振り返ると、本当に暖かな時間でした。当時は、どこの家もお風呂を焚いていました。

今の子どもたちには、わからないだろうなと思いますが、この気持ちだけは伝えていきたいと思います。

2008年10月13日の夕日の写真です。
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2008年9月 1日 (月)

映画「河童のクゥと夏休み」を見た

映画の「河童のクゥと夏休み」を盆休みにテレビで見た。

カッパと 亡き父のカッパとの交流や、人間との交流には、考えさせられるものがあった。また、いじめなどもリアルに描かれていて、感動した。
お勧めです。

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2008年8月13日 (水)

緊急地震速報

2008年8月8日12時57分に東京都多摩東部を震源とするM4.5の地震がありました。東京では、最大震度4だったそうです。
その地震発生と同時に、パソコンに以前インストールしていたウェザーニュースの緊急地震速報のツールが、「緊急地震速報です!」のアナウンスと共に、サイレンがなり、日本地図の画面がエクセルの画面の上に表示されました。
日本地図が表示され、震源の場所と地震の波がだんだん山口県に近づいている様子が、CGで描かれています。
その左上に、あと180秒後に震度1以下の地震が来るという表示があり、その秒数がカウントダウンしていきます。
予想震度1以下なので、体で感じない程度かもしれないと思いながらも、数字が、「3」「2」「1」「0」となった瞬間は、少し緊張しました。
実際、揺れは全く感じなかったです。

もしこれが、大きな地震で、時間数も数十秒であったらと考えると、すぐに動けるかどうかが心配ですが、緊急地震速報は有効なのかなと思いました。
とくに、地方の公共施設や学校や旅館等の人が集まっているところでは、有効ではないかと実感しました。

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2008年7月31日 (木)

挨拶

その1日が、充実したものになるか、そうでないかは、朝に決まると言われています。
早起きであることは、もちろん大切ですが、1日に何もすることがないのは、寂しいものです。生活の張り合いもありません。

地域のための活動も、毎日の活動が大切になってきます。
特に、小さな活動の積み重ねが、大きな力になる事が、
地域活動の特徴です。

その最たるものが、「挨拶」ではないでしょうか。
さわやかな笑顔での挨拶は、日々の積み重ねが
大きな地域の活力になっていきます。

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2008年5月29日 (木)

今年は、ホタルが多いようです

今晩もホタルが見ようかな。と思っています。
平和町や千日町の川でも、見られます。
Uターンせずに、あのまま都会で働いていたら、収入も低いと思いますが、毎日の基本的な生活に関しては、楽だと思います。
それは、最近、埼玉県から単身赴任で働いている方も言われていました。

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2008年5月28日 (水)

だんだんと、地域の主役が自分の世代に近づく

29才でUターンして、だんだんと自治会の役員も経験してきて、40代半ばとなった。
用水路の清掃や行事で長机やパイプ椅子を出したりするような、どちらからといえば、重労働の分野では、気がつくと主力メンバーになってきた。

まだまだ、恐れ多くも主力メンバーではないが、だんだんと自分たちの世代に近づいているのがわかる。そして、我々の世代の人数が、先輩の世代の人数よりも減っていることも、はっきりとわかる。そして、われわれより若い世代がもっと少なくなることも。

地区でも主力でがんばっている方が病気になったりすると、地域の事でわからないことも出てきている。

だんだん人数が減っている少子化の時代だからこそ、世代間のコミュニケーションが大切になっている。また、自分の世代より若い世代の育成が、一番重要になっていることを忘れてはいけない。その重要性を地方にいると、肌身で感じることができる。

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2008年1月 9日 (水)

老老介護の悲劇

介護の68歳長女が病死し、90歳母は衰弱死したという東京品川区のマンションの痛ましいニュースが報道された。新聞によると、母親は数年前に脳こうそくを患ってから、自力による歩行は困難で、長女の介護を受けていたが、長女が病死した後、母親も衰弱死したということだ。
孤独死、またこのような老老介護の悲劇は、これからも増えそうである。
自治会等による、地域の見回りは、独居老人だけでなく、このような方々にも、配慮する必要性を感じる。
さらに、実際の見回りも大変であり、見回る回数も限られるので、緊急通信装置を使用した見回りも必要であろう。この装置は、自治体の援助によって、独居老人のお宅に設置が進められているようではあるが、老老介護のお宅はもちろん、介護が必要なお宅にはぜひ必要だと思う。
ただし本来は、見回りとかではなく、自然なご近所づきあいの中で、このような悲劇を阻止できるような街づくりがほしいものだ。
「あのおばあちゃんお元気かな?最近お顔を見ないな?では、行ってみるか」
以前にはあった、このような街づくりはできないのだろうか。

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2007年11月28日 (水)

地域の長所を見つける

会社内でも、つきあいが長くなればなるほど、人の長所を見つけることは、難しい。欠点ばかり見えてくる。短所を言い合ってもしかたがない。その中で、長所を見つけてほめると、同じ人とは、思えないような活躍をする場合がある。

同じことが、地域でも、言えるのではないか。
同じ地域に長く住んでいると、どうしても、愚痴が先行して、欠点ばかりが見えてくる。欠点を追求してもそこからは、発展性がないことが多い。たまに、地域を訪れた講師が、とりたてて特徴のないところで、「ここはいいところですね。」と言われて、自分の地域の認識をあらたにすることも多い。

短所は、みんながわかっていることで、それを改めて指摘しても、改善策は、なかなか出てこない。
地域の長所を、言い合うような場が、必要ではないかと思う。できれば、誰も気づいていない長所を見つけることが大事となってくる。

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2007年5月18日 (金)

田舎に帰省したいが、泊まる場所がない

故郷を離れた方から、よく聞く話を今回は書きたいと思います。

進学等で故郷を離れた方が、そのまま都会で就職をし結婚をし、気がついたら、生活の拠点が他県になり、子供はその住民に、というケースは多い。

まだ、子供が小さく間は、故郷で暮らす両親も元気で、故郷へ帰省をするが、子供もある程度大きくなると、クラブ活動等で夏休みも忙しく、またパートナーである妻は自分の実家へ行ったり、家族そろっての帰省もなかなかできずに、ご自分だけ短期の帰省しかできないようになっていくようなこともよく聞く話である。

さらに、時が進むと、自分自身もある程度、会社でも責任ある地位にたち忙しく、休みの時間もとれなくなる。そこへ、高齢になって暮らしている両親は、だんだんと、自立した生活も難しくなってきて、施設へ入所したり、あるいは、病院で看護を受けることも、どうしても増えてくる。親が故郷で入院ともなると、遠距離の場合、本当に大変である。私も父が入院したときは、2ヶ月の間、東京の会社を休んだこともある。

さらに、時が過ぎると、残念ながら、故郷の家に住む人がいなくなることがある。そこで、自分が生まれた家ではあるが、整理し、不動産屋さんに売却した等の話も聞く。最近、それが増えてきた。駅近くを歩くと、30年前とほぼ同じ風景であるが、実は空き家が非常に多いと、山口市でも、新聞に掲載されていた。

自分の生家を自分で処分しなけばいけない。どんなに悲しい気持ちであろうか。両親のこと、さまざまな子供時代の想い出。でも、それをパートナーである妻も知らない。子供は、都会生まれの都会育ち。こちらの田舎で暮らすことなど、ない。近所の同窓生もいるが、一番お世話になった近所のおじさん、おばさんも、いない。

だからこそ、自分の故郷のサイトをつくり、そのような想いを共有できる場所を私はつくり、数多くの支援者の方に支えられて、10年以上運営をしてきている。

しかし、最近よく聞く話が、「帰省をしたいが、故郷に泊まる場所がない」という声である。たしかにホテルはあるが、自分の故郷に帰るのに、ホテルや旅館も、違うのではないかと思うそうである。

そこで、なにか、出身者が故郷に帰省したいときに、気軽に安く泊められて、ゆっくりと、自転車でも、懐かしい町並みを散策できるような施設があったらいいのではないかと、思うこのごろである。

サイトで思い出話をしても、実際に、故郷に帰省し、たとえ、町並みが変わっても、街の匂いや、風を感じることが、その方にとって、本当の勇気と元気を与えることができる。

また、懐かしい顔が少しでも長時間、故郷に帰ってくることが、町も活性化する。交流と対話が、町の活性化には一番だからだ。

グリーンツーリズムがいいのだろうか。テレビで、「田舎に泊まろう」という番組があるが、その自分の故郷版なのだろうか。など、さまざまな事を考えますが、みなさんは、どのように思われますか?

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