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2006年8月22日 (火)

田舎では、電車の席で、席を譲ることで悩むことはない。

雑誌で、電車の席で座っていたら、自分の前に立った高齢者の方に席を譲ろうかどうしようかで悩み、勇気を出して声を書けたという話が書いてあった。
以前、東京で働いていたときは、同じように遭遇したことを思い出すと同時に、今の生活では、このような事で悩むことが、全くないことに気がついた。
家を出て、車という個室で会社に移動する、田舎の典型的な生活。車社会だから、家を出てからすでに個の空間なのだ。
スーパー等で、第三者と一緒になることはあるが、それでも、地元の方が多いので、名前を知らなくても、見かけた事がある方が非常に多い。
電車での通勤で何時間も見知らぬ大勢の人と同じ空間にいるということは、全くない。東京では、毎日、見知らぬ人との出会いに満ちていたが、そのようなことは、あまりない。

しかし、社会全体の枠全体が小さいので、初めての方とでも対話をしながらも、地域的な共通点、それはたとえば、子供の学校であるとかなどを、を探しているような、気づかいをしたりする、田舎特有の社会との接し方も、もちろんある。
今会っている目の前の人と、また、どこかで接する機会が多少なりともある。これが、前提の対話なのだ。

別の面、たとえば安心、安全の面では、田舎は強い。近所の結びつきは、まだまだ、都会に比べてはある。ただ、わずらわしいと感じることもある。

田舎と都会、どちらがいいか、またわからなくなってきた。

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地域社会の後継者育成

高齢化した地域社会にあっては、「後継者の育成」が欠如しているということである。たしかに、老人クラブ等の活動、シニアグループ等、さまざまな活発な活動がなされてはいるが、「地域社会としての後継者の育成」が、まだまだのように感じている。
世代間交流等の事業が活発に行われてきてはいるが、ここまで、急激に進展する高齢化社会では、自治会等の組織的に、地域の後継者育成を行っている必要があると思う。
今だったら、まだ昭和1桁の方も元気であり、さまざまな手を打てるが、あと10年もすると、何もないところからの地域社会づくりとなってしまう。
祭りとかだけのイベントだけではなく、地域社会の日常的な毎日の生活に関して、しっかりと伝える必要性を感じる。

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