昭和40年代の思い出
私が住む山口県防府市。その中でも防府市宮市は、歴史ある由緒ある商店街でした。
宮市も今は寂れてしまって、ところどころ、家も壊されて空き地ができつつあります。以前、商店だったところも、今では廃業されているところは、多いです。私が中学生までは、亡き父の友達がこのあたりで時計店をされていまして、私はよく連れて行かれました。店の前に小さな車を停めて、父が世間話をするのを横で聞いていました。
お店は、土間の一部に作業場がせり出すような形で、その作業場で時計職人の方は、目に専門の拡大鏡をつけて、じっと作業をされている姿は、すごい魔術師のように見えました。私は横の土間からそれを見ていました。狭い土間の部分には、自転車が止めてあって、壁一面には、時計がかかっていて、店全体が職人の世界となっていました。このような職人の方が以前は街のあちこちにいらっしゃいましたね。
父は、私のいとこにプレゼントする腕時計をそこで、購入していました。たしか、セイコーファイブだったと思います。まだ、クオーツ時計がなかった時代で、自動巻が当時主流だったと思います。
私が世間話につきあっているのを気の毒に思われて、よく、おこづかいをいただきました。そのおこづかいをもって、2軒先にあった駄菓子屋さんに妹と行きました。その駄菓子屋さんには、瓶に入ったお菓子が並んでいました。その瓶の中のお菓子がきれいに見えたことを覚えています。当時かわいがってもらって、今も感謝しています。以前父が着ていた服は、サイズが合わないからと、その職人の方から譲ってもらったのだと語っていました。亡き父とその方との友情がどうして生まれたのか、息子としては興味あるところですが、今では誰もわかりません。が、大人の男同士の友情はいいなぁということを子供として感じていました。
きっと、当時の宮市では、このような各商店を通して、地域全体のコミュニケーションが生まれていたのだと思います。街の昭和40年代の思い出です。
現在は、この通りに車を止めることもできないくらい、車の交通量も増えましたし、あのころのにぎわいは全くありません。宮市を通るたびに、父のことと時計屋さんを思い出します。
ここも近くの県立中央病院跡地に、ユメタウン防府店ができていますし、駅の向こうにはサティが、郊外にもスーパー等ができています。
宮市といえば、歴史は古く、昔は栄えていたそうですが、今は当時を偲ぶしかありません。
詳しくは、ここをごらんください。
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