精米所での会話
私が幼稚園に通っていた昭和30年代を思い起こすと、近所の懐かしいおじいさんやおばあさんのことを思い出す。
亡き父が精米所を経営していたので、近所の方がよく精米所に立ち寄られた。消費者の方というよりは、農家の方が自分で食べる米を精米するために、来られる。その米をつく間、世間話になったりする。
精米所の中は、ヌカの臭いで一種独特であった。暇なときに父のそばにいた。世間話のことはよくわからなかったが、近所のおじいさんやおばあさんは、一言ぼくに声をかけて、かわいがってくれた。
父と母は一生懸命働いていた。あまり、儲からなかったと思う。家族で旅行と言えば、いつも、車で県内日帰りだった。昼はいつも母のおむすびだった。でも、それが懐かしい思い出となっている。
さて、精米機は、大きな機械で、その稼働したときのテンポのある音は、いまでも覚えている。その中で、近所のおじいさんと何か話しをしたかは覚えていないが、その光景は覚えている。そのおじいさんの一人が、郷土歴史家だったことを知ったのは、私が小学校高学年になってからだった。
また、おばあさんは、いつも、やさしい言葉をかけてくれた。
精米所の中では、そのような地域の会話がいつもあるような場所であった。今思えば、地域コミュニケーションの一つの拠点であったと思う。
精米ができるまで待つすきまの時間、精米機の音、ヌカのにおい、それらの中での話。だからこそ、会話ガ進んだのかもしれません。
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